効果的なピアノの練習方法を試してみた事とピアノと信仰生活の類似性

あえてキャッチーなタイトルにしましたが、今回の話は「どうしたら楽に上達するか」という話では決してありません。そんなどこぞの安っぽい成功法則のような話は、全部焼却炉で燃やすかゴミ箱に捨ててください。そんなものは役立たずなだけではなくあなたにとってただの毒です。

RAPT理論では、自己啓発は悪魔崇拝であることが暴かれています。


さて、今回書きたいのは限られた時間を有効に使ってレパートリー曲をマスターするのに最適かもしれない練習法のことです。

この記事をアップする日でピアノを始めて52日目です。音楽理論を勉強したり、指運びの練習をしたり、スケールを覚えたり、コードを覚えたり、レパートリーの曲を練習したりしてきました。

その中で実感したのが、ピアノの上達と練習量がかなり比例する、ということ。楽譜を初見したときに「難しそう」と思う曲でも、祈ってから練習していくうちに慣れます。何度も同じところで間違えることが多々ありますけど、それでも練習し続ければちゃんと弾けるようになるのです。

素人が一つの曲を習得するとき、つい毎回最初から最後まで練習してしまいがちですが、それは効果的な練習方法ではないそうです。

実際そうですよね?自分が間違えてしまいがちな場所はたいてい決まっています。上の発見をもとに考えると、時間を費やすべきなのは「すでに弾ける箇所」ではなく、「何度も間違える箇所」なんです。

それ以来、レパートリー増やしの課題曲については出来ないところを重点的に練習してきたつもりでいましたが、先日その上を行く面白い練習法を紹介している動画をみつけました。

かいつまんで翻訳しますと、一小節あるいは1.5小節くらい(丁度良い区切り)を、片手ずつ完璧になるまでひたすら練習し、右手も左手も完璧になったら両手で完璧になるまで練習。(これを「1A」とする)

その一小節が完璧になったら、次の一小節を同様にしてマスターし(「1B」とする)、その後は「1A」と「1B」をつなげて弾く。これで完璧になったら一旦忘れて、次の二小節を同じ方法でマスターする(「2A」と「2B」)。そしたらここまでの4小節分を一度つなげて弾き、完璧にできたら横に置いて次に進む。。。

と、ここまで説明してくれた後、突然上級者向けに自分語りを始めてしまったのでこの後、ずっと4小節ずつセットにしていくのか、4小節分まで弾けたら最初から弾いてみるべきなのかはわかりません。試行錯誤するしかない。この方、ピアノでPhDを取ったそうで実力も知識も相当なものですが、話が飛ぶことが多いのでもう見ていません。この動画を最後まで聞いて得たポイントは、

  • 一度完璧レベルになった部分は多少の間練習しなくても大丈夫
  • 練習するときは、前日クリアできた部分を一度通して引くこと。後は放置して前に進むこと

私もこの練習法を試してみましたが、確かに練習の効率は良いと感じます。ピアノは右手と左手を独立させて弾くことが大きな課題ですが、双方ともに完璧にしてから一緒にするし、そもそもからして短いので、両手の独立問題はほかの練習方法より少なくて済みます。

完璧にできなければ先に進めないので、できるまで何度もそこだけをループで練習することになりますから、自分の弱さ(例えばメロディの思い込みとか指が動かないこととか)が顕著になります。あとはその弱さを神様に祈りながら練習をくりかえしてやっつけていくだけの話。

今練習している曲(ショパンのホ短調のプレリュード)も、初めて楽譜を見たときの印象は「これが初心者向けなんて嘘でしょ?」でした。だって左手が和音だらけ(最初はそれでパニック)だし、曲の半ばでいきなりオクターブ近く離れたところに行くと思ったら即座に戻ってきて4つの音符を弾かされるのですから。

こんな感じです↓

現時点ではこの部分はまだマスターできていませんが、何をすればできるようになるか、という道筋はすでにみえています。あとは練習あるのみ。

この練習法をしばらく使ってみるつもりです。


と、ここまで書いてピアノの練習って信仰生活に似てる部分がある、とふと思いました。

すでにうまくできるところを何度も弾いて自分に満足するのは、まだ神様から遠いのに「昔よりはマシだから」「昔からの大きな願い(でもすべての願いではない)がかなったから」と満足してしまい、前進する速度を緩めたり、面倒になって前に進むことをやめてしまうのに似ています。

逆に、何度も間違えるところについてその理由を分析し、対策を練って必要な訓練をしてまた挑戦する様は、自分の弱さやサタンからの誘惑ゆえに犯してしまう罪をひとつひとつ洗い出して悔い改めて自分を清め、また一歩ずつ自分の霊を神様に近づくべく成長させていくことに似ています。

(註:自分の罪が許されるか許されないかは自分で判断する事ではないので、祈りや悔い改めをやめることはありません。でも同じ間違いを犯さなくなると一歩前進したようでにうれしいものです)

この「発見」は私にとってはちょっとした悟りでした。ピアノの練習と信仰生活を連想させるようにすることで、練習しながらも神様のことを意識していられます。

神様を意識していないときは神様とつながっていないのだそうです。

私、ピアノの練習と音楽理論の勉強は時間が許せば毎日何時間でもできるくらい好きでして、やっている間、神様を意識するのを忘れてしまう時が多々ありました。それでどうしたらピアノの練習をしているときでもその間違いをせずにいられるのか祈っていました。

このブログ記事は祈っている時に霊感を受けて書き始めたものです。「素人がピアノの練習法の話を書いて誰に有益になるのかな?」と不思議に思って何度か確認した上で書きました。書いているうちに悟れるようになるためだったのでしょうか。

毎日を生きていると色々な問題につきあたったり、疑問がうまれたりしますが、神様と御言葉に従う、と決意して生きていると、祈ることで答えを頂けるようになります。祈りの最中にくることもあるし、日々の生活のなかでしるしとしか思えない出来事があったり、その日たまたま読んでいた聖書や有料記事の中に答えが見つかることもあります。 このような生き方ができるようになったのはひとえにRAPTブログのお蔭です。

自分が求めるような答えがいただけないときでも、自分の願いが間違っているのか、求め方が足りないのか、と自分を振り返る道筋を与えられますのでだらだらと迷うことはありません。

混乱と混沌だらけのこの世の中で、このことはどれほどの救いでしょうか。

長く苦しい混乱だらけの人生を送ってきましたので、何らかの答えを頂けること、答えが得られると確信を持てる事がどれほどありがたいか身に染みています。

神様が喜ばれるような形で神様と深いつながりを持つ方法を教えてくれるのはRAPTブログの有料記事だけです。

信じる信じないは自由意志です。ですが自分を貫く生き方に限界を感じている方、何が正しくて間違っているのかわからず苦しさを感じている方は一度RAPTブログの有料記事に目を通してみてください。

私のブログに膨大な有料記事のタイトルを一覧できるページがあります。最初は気になるところからお読みになるのも良いと思います。

ですが一度書いてあることが真実だと気付いて引き込まれたなら、是非最初から読んでみてください。つまみ食いは絶対にいけません。最新記事も読みつつ最初(もしくはラプトさんが啓示を受けだした後)から読むと理解が早いと思います。有料記事へのリンクはこちらです。

一人でも多くの方が「終わりの時」の時代の中心者、RAPTさんが伝える神様の御言葉に出会えますように。

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