善と悪を裂く1

過去を思い出しながら書いていて、当時の私の思考回路があまりに複雑怪奇で愕然としました。

読んでくださる方の毒にならないようにエピソードはかなり厳選しています。私のあの頃の状態はこの証の何倍も酷いものでした。

発狂もせずに生きてこれたのが奇跡としか思えません。とんでもなく罪深い私にすらも救いのチャンスを与えるために神様が守ってくださったのでしょう。本当にありがたいです。


信仰を持つ直前の私の頭は混乱の極地にありました。安易な成功を求めて節操なく手をだした「スピリチュアル」、「引き寄せの法則」、「自己啓発」に「成功法則」などなど。

そのうえ、たくさんの読んだ本、高額なセミナーで出会った人たちや、住んでいる街で出会った実に国際色豊かな人たち(LGBTな同僚たちも)。これらの人や物やアイデアから実にたくさんの考えがザルに残った水滴のように頭の中にこびりついていました。

アメリカでは日本のような同調圧力はありませんが、平和にやっていくために「違い」をリスペクトしないといけない、と考えるのが一般的です。

たとえば女性をモノ扱いして平気で暴力をふるうような文化で生まれ育ち、そのようにふるまう人に対して内心では「女や子供を殴るなんて最悪の野蛮人。ありえないわ」と思っていても、表面では「そういう文化なんだからそれでいい」というふうにふるまわなければなりません。

下手なことを言えばすぐにレイシスト扱いされてしまいますから、一番「賢い」方法はとりあえず「リスペクト」の名目で受け入れる事、ということになります。

ですがそれはそれで苦しい。そこで、思考停止か、問題解決を先延ばしにする現実逃避をするようになってしまいます。

長いアメリカ生活の中で、何がリスペクトなのかを本当に理解できていないまま、こういうセンシティブな事柄について判断を下すことから目をそむける癖がついてしまっていました。

カーペットの下に埃を掃き入れて埃がなかったかのようにふるまう。これはスピリチュアルなどに手を出す前から身についてしまった悪癖です。

私の中にもともとあった矛盾と混乱に拍車をかけたのは、「引き寄せの法則」でした。

高額なセミナーに通って教わった教えの中に「善悪の価値判断をしない」というものがありました。

「物事を善悪で分けて考えるから辛くなる。すべてを受け入れてニュートラルになれ。完全に価値判断を手放せたらそこからは自在に自分の望む未来を作れる」と。

今思うと噴飯ものですが、手っ取り早く成功したかった当時はそれを信じており、それがうまくできない自分に苛立ちを感じていたくらいです。

この教えの結果、「女性に暴力をふるうのが常識な文化なんて最低だ」と心の奥底では思っていても、そう感じる自分に罪悪感を感じるようになってしまいました。こんな情けない例は他にもたくさんあります。

辻褄が合わない事が多すぎて頭がパンク寸前になっていました。どこまでサタンに支配されていたのでしょうか。


RAPTブログと出会い、「神様はこの世界を善と悪とに裂き、悪魔はこの世界を一つにしようとします。」を読んだとき、すごい解放感を感じました。

呪縛が解けた、という感じ。それまで悪を悪と断じる自分を否定して生きてきましたから、そうしなくても良い事にホッとしました。

悪も善も断じないですべてをそのまま受け入れていたから、善な部分すらも悪に染まって苦しくなっていた事にやっと気づきました。

それで悪の部分を捨てていこうと決心し、仕事の合間に頭のなかにあった矛盾した考えをひとつひとつ検証する作業を開始。

その後、「神様に愛されている」と思えた体験を経て信仰をもつようになり、聖書と有料記事を読んでいくことで、何が悪かがより明確に判りました。そしてかつては受け入れていた悪な考えを悔い改めて捨てていきました。

そのたびに頭のなかからゴミがどんどん消えていく感じがしたのを覚えています。新鮮な感動でした。

ですがその悟りと解放は、中途半端なものにすぎなかったと後でわかりました。

ひとつには当時の有料記事(啓示が出る前)の内容でピンとこない分が多少あったのですが、それをすっとばしてそのままにしてしまったこと。仕事の忙しさにかまけて分からない部分があることを忘れてしまったこと。

ふたつめはそれまでの混乱と苦しみがあまりに大きかったので、その大部分がなくなった事で気を緩めてしまったのです。善と悪を裂いているつもりでも中途半端でした。

例えば罪が深すぎてマイナス100がスタート地点とします。信仰を持ち始めて罪を悔い改め、善と悪を裂いて頭から悪いものを次々とすてた結果、マイナス30になりました。

70は正しい方向に向かったからそれだけで「自分は変われた!」とうれしかったわけだけど、「-30」がマイナスであることには変わりありません。

自分がまだマイナスの状態にあると気付いていなくて、ただ70動いただけで慢心していた、ということです。マイナスを0にしてやっと最低ラインだというのに。

自分の中途半端さに気付いたきっかけは、同僚や上司や客や知り合いや友人たちとの会話が妙に冗長で会話を切り上げたくても終わらせることができず、その後に疲れ果てるか、もやもやするか、頭がぐるぐるする、ということが何度も起きたことです。

混乱はサタンの領域です。

最初は気づかなかったのですが、同じような事を何度も体験する、ということは神様がしるしをくださっているのだと思い、自分の間違いを悟れるように必死に祈りました。

そこで気づいたのは、会話が妙にだらだらしてしまうときは、私が本心から思ってもいないのにその場の雰囲気を友好なものに保つため、あるいは仕事を円滑にすすめるため(と思い込んで)、相手の気持ちを害さないように、心にもないこと(あるいは真逆なこと)を口にしていた、ということでした。

ひょっとして私、「偽証の罪」を犯しているのでは?

そう気づきましたが、気づいたその時に「もう二度としない」と決心することはできませんでした。というのも、やはりアメリカで後ろ盾も家族もいない天涯孤独な立場が不安だったからです。

職場では、それまで興奮している相手を(内心では心底うんざりしながら)落ち着かせてから折衷案をだしてこっちの要求も飲ませてきました。

本音を出してしまったら逆上するのではないか?下手な相手にそれをやったら話がエスカレートしてクビになるかも?なんて余計な考えが背後にありました。

そこで、「RAPT有料記事51 (2016年3月19日)善と悪を裂かれる神様の働き」を読み返しました。この記事は箴言形式ですが、その3から6と10番目の文章を改めて読んだとき、

神様だったらこういう場合どうなさるのだろう?
神様と同じ心情をもつ人は私がやっていることをやるだろうか?

という質問が頭にふと思い浮かびました。

そしてそう問いかけた瞬間、すぐに答えがわかって私の中にあった迷いと混乱ともやもやは吹き飛びました。

私は残りの一生を神様と共に生きたい。考えが同じでなかったら早晩躓いてしまう。つまづいて神様から離れるのは絶対に嫌です。

神様は決して嘘をつかないし、相手の心情を傷つけないために一時的な慰めをいうこともありません。「嘘」「虚偽」はどんな形であれ悪なのです。

私が「処世術」としてオートモードでやってきたことは悪でした。

その場で悔い改め、もう人におもねるための嘘や、その場しのぎで適当な事をいうことはもうしない、と決心しました。

神様のほうが人間より大事だし、神様に従うならどんなことも無駄にはならないように導いてくださいますしね。

自分の中の悪を探して善と悪を裂いてきたつもりでも、長い間サタンに騙されて知能が低下しきった私には別の角度からの問いかけが必要だったのです。

こんな愚かな私でも気付けるように導いてくださった神様と神様の愛に感謝します。求め続けていれば神様はその人のレベルに応じた悟りをくださいます。

そして悟りに従順に行動すれば、さらなる悟りをくださるのです。どれほどの愛でしょうか。

この件で、自分の内面の薄汚さをつくづく思い知らされました。

私の考えや本心が義であれば隠蔽し、嘘をつく必要はありません。隠す必要性を感じたということは、人にしられたら恥ずかしい悪なる考えをもっている事の証左です。

これも神様が清めるべきことを私に教えてくださったのだ、とありがたく思いました。神様に導いてもらえている、と感じられて、こそばゆさも同時に感じました。

我ながら情けなくて自分が嫌になることもありますが、それで落ち込んでしまってはサタンの思うツボなので、落ち込まずに済むように必死に祈ります。

それで神様から愛されてると感じて回復できます。祈り求め、気づいた時々で悔い改めて清めていくしかないですよね。

決心しても、間違えてしまうことは多々あるのですが、気づいて悔い改める、ということを繰り返していくうちに、やらかす回数は減ってきています。でもその事実に満足しないように、完全を求めて最後まで走り続けていくつもりです。

もしこれを読んでくれている人のなかに、「善悪の判断は相対的なもので絶対ではない」と思いつつも、巷にあふれる情報にすっきりしないものがある、と感じる方がいるなら是非RAPTブログを読んでみてください。呪縛から自由になれること請け合いです。

そして神様を愛し、導いていただけるうれしさと喜びを知っていただきたいと思います。そのためにRAPTブログの有料記事を一度是非読んでいただきたいです。本家はこちらから。

長い話を読んでくださりありがとうございました。

皆様に神様の祝福がありますように。

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